どんとがうちにやってきた

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リハビリ週間

ようやく仕事がひと段落ついたので、ブログでも更新しよう、と開いてみたら、土曜日に↓ のブログ書いていて、自分でびっくりした。

全然、覚えてない。


土曜日は、ずっと事務所で仕事していて、その合間に書いたのだとおもうのだけど、ほぼ無意識。
家に帰ってからも、ずっととっちらかっていたらしい。(ほとんど、覚えていない。)
「あんた、気が変になってたよ」と翌日夫に言われました。


脳がいっぱいいっぱいで、壊れたらしいです。意外とスペック低い。


今週はリハビリ週間とします。




馬鹿息子は、今日明日と、内定式です。泊りがけ。

会社から、班ごとで出し物をするように命じられ、きのう、事前に集まって、出し物の練習してました。


内定式で出し物って・・ 
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by dontodon | 2013-09-30 17:14

忙中閑なし なの。

母の葬儀の翌日から、突然仕事がたてこんで、この3週間、私じゃないみたいに、働きました。

毎日帰宅が夜10時頃で、お風呂入ってビール飲んで、10分くらいテレビ見て、ねる の繰り返し。。

昨日なんか、事務所のPCから、ドミノピザを10時半にデリバリーされるように注文して、10時時過ぎに帰宅して10時半にLサイズピザ食べました。もう!


本日、土曜日なのに事務所に出て、さわやかな秋空なのに、ずっとPCに向かって、うっとうしい書面を書き、ようやく完成。


ああ、明日は仕事しなくてすみそう。


母が亡くなり、いろんなことろに届け出たり、手続きしたり、しなくちゃいけないんですが、そんなわけで何もやってません。


暖かいお言葉くださった方にも、お礼も言えず、ほんとすみません。
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by dontodon | 2013-09-28 22:43

みなしごになりました。

9月3日に母がなくなりました。

最後まで自宅で看護。昼は一日4回のヘルパーさん、夜は私が泊まり、週2回の訪問看護(最後は、ほぼ毎日)に、週一の訪問医、レンタルで介護ベッドを入れ、痰の吸引器や酸素の機械もレンタルしました。

末期のガンで自宅療養の場合、なくなるまでの平均期間は1ヶ月半だそうです。母は約3週間でした。


最後の二日間は、母の溺愛するうちのバカ息子もつきっきりで、息子に手を握られながら息を引き取ったので、母もさぞ満足だっただろうと思います。(最後に立ち会ったのは、私と息子。亡くなってから連絡して、医師や看護師が来てくれます。よく、自宅でなくなると、警察を呼ばなければならない、などと誤解されますが、そんなことはありません。)


仕事をしながらの自宅療養は、やはり大変といえば大変ですが、こればかりは終わりのあることなので、なんとか乗り越えられました。母はもともと身体が弱く、過去に色々な手術もしたし、入退院を繰り返していたので、全身状態が弱りきっていました。だから、過度な点滴はしない、胃瘻もしない、延命は一切しない、と決め、母もそう望んでいたので、自宅で看取れて、本当によかったです。

このように決めたら、いよいよ様子がおかしくなっても、救急車は呼んではいけないと言われていました。救急隊や、救命センターの仕事は、生かすことです。自然に、穏やかに死なせたいのなら、あわてずに最後まで自宅で。

母は苦しむことは一切なく、少しずつ呼吸が遠くなって、消えるように、文字通り息を「引き取る」感じでした。80歳になっていたので、昔で言えば、老衰かな。





最後は自宅で過ごしたい、という希望する人は8割にもなるのに、実際に自宅で最後を迎える人は2割なのだそうです。今まで、どこで死にたいか、などと考えたこともありませんでしたが、私自身も、最後は自宅で犬猫に囲まれて死にたい、と強く思うようになりました。


これは、今のうちから、家族によく伝えておかなければ。


ちなみに、現在、高齢化による病院ベッドの不足で、国の方針としても終末期は自宅看護で、という流れになっています。そのため、今回うちが利用したように、在宅での療養を可能とする、様々な制度があり、家族にそれほど迷惑をかけずに自宅で最後を、ということも可能です。






さて、母の最後についてもう一つ決めていたのは、葬儀は本当に親しい人だけ呼んでの家族葬にしようということ。父の時は、父がまだ社会活動をしていたので、とても大勢の方が来て下さり、ありがたいことなのですが、本当に大変だったのです。

この点も、思い通りにできました。私のときも、こういうのがいいなあ。
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by dontodon | 2013-09-08 15:47

犬猫馬鹿息子とのバトル生活


by dontodon