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どんとがうちにやってきた

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2010年 02月 15日 ( 1 )



土日とも仕事だった。この歳で、休みなしで働くのは、


完全に無理。



それはともかく、このところ立て続けにする羽目になっているのは・・・自分で処分できない親の遺品を、本人にかわって仕分けする・・という、同業者からは、「なんで、そんなことしてるの?」と笑われるようなお仕事。

なりゆきで、仕方ないんです。

いずれも、家を明け渡さなければならなかったため、家中の物を「残す物」と「処分する物」とに仕分する。
本人たちは、何も捨てられない。全部、親の色々な思い出の品ですから。
それ以前に、遺品を見るのが辛くて、部屋に入ることさえできないという人もいる。
でも、親族友人には頼めない。通帳や、株券や、超プライベートな手紙や、日記なんかがあるから。

それで、なんだか引き受けてしまったのだ。




そんな仕事をしながら、つくづく思いました。

身の回りの物は、死ぬ前に全て自分で処分すべき。絶対に。


親の物を処分しなければならない、というのは、子どもにとって、ものすごい心理的負担だ。

親の交友関係の写真や私信類。
趣味の物。
大量の本や衣類。
使わない食器。
日記やメモ。




昨日は、ちょっとした体育館ほどもある倉庫一杯に置かれた物を、大事な契約書や遺言書や通帳などがないか気をつけながら、「どうしても捨てられない物」を残しつつ、一つずつ処分していったのだが、赤の他人の私なんかに見られたくないだろうなあ、という物も当然たくさんある。
中には、「これは大事な物だから、絶対に捨ててはいけない」などと注意書きをされた書類の包みなどもあり、しかし、本人以外には何の価値もない物で、「どうしろっていうのさ」と毒づきたくなる。

お雛様とか、各種人形とか、ぬいぐるみとかも、とっても困る。



いろんな価値観があるんだろうが、私は死ぬまでに身の周りの物は、最小限にしようと決心した。もちろん、突然死ぬこともあるわけだから、もう今から処分できる物は処分しよう。



絲山秋子の「沖で待つ」という小説は、会社の同期の男の子が突然死んでしまうのだが、パソコンの中身を誰にも見られたくない、と言って仲の良かった同期の女の子に処分してもらうお話で(生きてるうちにそんな話をしたことがあったのか、幽霊になって頼みに来たのが忘れてしまった)、確かに、パソコンの処分が一番大変だろうな。

食器だの洋服だのはまだしも、パソコンだけは、いざという時の処理を誰もが考えておいたほうがいいかも。
by dontodon | 2010-02-15 22:35

犬猫馬鹿息子とのバトル生活


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